特別企画

よりよく“いきる、たべる、くらす”ために大切な口の中のお話 その③悩みがいっぱい⁉おとな世代のお口の健康

食べること、そして話すこと。生きていく上で必要なことであり、また精神的に豊かに暮らしていくためにも大切なことです。今回は、食べる・話すという機能を支えている“お口”の健康のお話しです。

歯の全くない状態から乳歯が生え、永久歯へと生え変わる乳幼児期、受験・就職など生活が不規則になりがちな青年期、お口の悩みも増え始める壮年期、そしてお口の機能が低下してくる高齢期。それぞれのライフステージにおけるお口のケアのポイントについて、大阪大学教授の天野敦雄先生に教えていただきました!

天野 敦雄(あまの あつお) 先生

幼少期には「乳歯から永久歯に生え変わる」というポジティブな変化があるのに対して、壮年期というのはお口のネガティブな変化を目の当たりにする時期ではないかと思います。若い時には気にならなかったのに…というおとな世代ならではのお悩みの1つに“口臭”があるかと思いますが、口臭は何が原因で起こるのでしょうか?

口臭の原因は2つあります。1つは舌の汚れです。茶色っぽく苔がはえたようになっている舌は、そこからにおいを生じます。もう1つは、歯周病です。歯と歯茎の間にいる歯周病菌がにおい物質を出しているんです。
いずれにせよ、口臭の原因は口の中の菌が出すにおい物質です。口臭があるということは、口の中がよくない菌に侵されてきているサインなのです。

なるほど…。口臭をきっかけに、より一層のケアが必要になってくるということですね。
また、この世代では“歯茎が下がる”というのも気になるところかと思います。適切なケアをしていれば歯茎が下がるのを防ぐことはできるのでしょうか。

「歯茎が下がる」「顔のしわ」「白髪」はすべての人にやってきます(笑)
ただ、歯のみがき方が激しすぎると歯茎の下がりを加速させます。正しい圧で正しい歯みがきをすることが大切です。最近では、正しい歯の磨き方の動画などもたくさん公開されているので、そういったものを参考にするのもよいでしょう。おとな世代には、歯周病予防効果の高い“バス法()”と呼ばれるみがき方がおすすめです。
また、歯並びやかみ合わせが悪い場合も、歯に強い力が加わることがあり、歯の歯茎が下がってしまいます。

これらは歯周病になっていない場合の話です。「歯みがきをしたら歯茎から血が出た」というのは、歯周病が始まっているサインです。これは自然によくなることはありません。放っておくと歯周病が進行して、歯茎がどんどんやせてしまいます。歯茎から出血があったとき、「歯ブラシが硬すぎるのかな?」とか「何かの間違いだろう」のように思いたくなるかもしれません。気持ちはわかりますが、硬めの歯ブラシでも歯茎に出血を起こすようなことはありません。2~3日経っても同じように血が出るようであれば歯医者さんに行っていただきたいと思います。

バス法:歯ブラシの毛先を歯と歯茎の境目(歯周ポケット)に向けて45度の角度で当てて、やさしく小刻みに振動させてみがく方法。

おとな世代では、知覚過敏に悩んでいる方も少なくないと思いますが、これも歯茎が下がることと関連する現象なのでしょうか?

まさにその通りですね。歯茎が下がってしまい、本来は歯茎に隠れている歯の根元が露出したことで“冷たい”などの刺激が伝わりやすくやすくなるのです。例えるなら、履いていたパンツがだんだんずり落ちてお尻が出てきてしまったようなものですね。むき出しのお尻は敏感なんです(笑)

日ごろからパンツがずり落ちないようにケアしておくことが大事なんですね(笑)
そのケアについてですが、歯医者さんに行くと、日々のケアとしてデンタルフロスを使うことを勧められます。実際に使ってみるのですが、どうも自分でやると「逆に汚れを押し込んでいるんじゃないか?」「フロスで歯茎を傷つけていないか?」と気になってしまうんです。そこで、フロスを使用するポイントなどがあれば教えていただきたいのですが。

フロスは歯の間の汚れを除去するのに効果的ですが、力を入れて使ってしまうと毎日のことなので歯茎が下がる原因になります。

歯と歯の間が狭くてフロスがひっかかるところがあったときには、そこを越えるときにすっと力を抜くようにするのがポイントです。「これでもか!」といわんばかりに激しく押し込むと歯茎が傷ついてしまいますからね。

ケアをしているつもりがむしろ悪くしてしまうんですね。

そうそう。フロスをして痛いと感じたり、血が出たりする場合は力加減に注意していただいた方がいいですね。
なお、歯の間につまようじの先が入るようであれば、フロスではなく歯間ブラシを使ったケアが必要になります。

歯みがきのタイミングについてお聞きしたいのですが、「食べたらすぐみがく」と「食後30分くらい経ってからみがく」は、一体どちらが正しいのでしょうか。

むし歯予防の歯みがきのポイントは「3・3・3」です。1日3回、食後3分以内に、3分磨く、ということです。「30分くらい経ってからみがくとよい」というのは誤った情報です。以前、テレビ番組でその情報が紹介されたことを受けて、歯科に関する複数の学会が、食後すぐの歯みがきを推奨する旨の見解を発表しました。でも、いまだに食後30分後の歯みがきを勧める歯医者さんがいるのも事実です。もし、みなさんが行った歯医者さんでそのようなことを言われたら「ここはアカンわ」と帰っていいです(笑)。

私もテレビでそれを知って、「すぐに磨いたらダメなんだ」って思っていました…。

むし歯菌は、口の中にある食べかすを食べて酸を出します。その酸のせいで歯が溶けるわけですね。だから食事が終わったらすぐにその食べかすを口の外に出さないと、むし歯菌たちはいつまでたってもその食べかすを食べて酸を出し続けるわけです。食後30分も放っておくというのは、むし歯菌たちに「30分の間、好きなだけ食べさせてあげるわ」と言っているようなものです。

外出先など食後すぐの歯みがきができないときは、うがいをするだけでもOKです。その場合、クチュクチュとゆすぐのではなく、ブクブク~!と音がするくらい激しくしてください。そうすることで、口の中の食べかすをある程度取り除くことができるからです。また、夜の歯みがきは「今夜はもう何も食べない」となってから行ってください。

歯みがきはやさしく、うがいは激しく…がポイントですね!

天野 敦雄(あまの あつお) 先生

監修

大阪大学大学院歯学研究科 予防歯科学講座 教授
天野 敦雄(あまの あつお) 先生

1984年 大阪大学歯学部 卒業
1987年 大阪大学歯学部予防歯科学講座 助手
1990年 歯学博士(大阪大学)
1992年 ニューヨーク州立大学歯学部 ポスドク
1997年 大阪大学歯学部 障害者歯科治療部 講師
2000年 大阪大学大学院歯学研究科 先端機器情報学 教授
2011年 大阪大学大学院歯学研究科 予防歯科学 教授
2015年 大阪大学大学院歯学研究科 研究科長・学部長
2021年 日本口腔衛生学会理事長