スポーツ食育インタビュー

2018年には箱根駅伝4連覇と、指導者として輝かしい実績を重ねる原さんは、2019年春から地球社会共生学部教授にも就任。各業界から大注目される指導手腕や、人材育成論、選手との関わりについてもお話をうかがいました。

数字だけではわからない、選手の「動き」を観察する

「監督就任当時は、どのような目標を持っていましたか。」

「4年に1度で大学スポーツは変わるので、4年プラスアルファで保険かけて5年、その2巡の10年以内にシード権を取ってその後優勝する、というような計画は立てていました。」

「期間の長い構想だったのですね。」

「物事はそう簡単には成果が出ない、というのは分かっているつもりなので。どうレールを作っていくか、そこにどんな障害が待っているか。障害があれば引っこ抜いていきゃいいし、向かうレールの先にあるのは、未来ある畑なのか何もない畑なのか。僕はそこを見極める嗅覚を持って、根本的なところを常に見て動きます。勝ち目のない喧嘩はしたくないので。」

「選手の、どのようなところを特に見ているのでしょうか。」

「記録は結果を見ればわかるけれど、データでは映し出せない、裏に隠されたものが大切だと思っているので。
たとえばスカウティングするときは、タイムはデータ見れば分かるので、練習や大会会場などでのその子の生きざまというか、行動、態度、ふるまい等を見ることが必要です。スタート前やゴール直前、ゴール直後の態度は必ず見るようにしています。データは大体同じような領域でも、その子の余裕度がどれくらいなのか、目一杯なのか。箱根駅伝では20km、練習では5kmで終わったその先のタイムが出るのか出ないのか、ゴール直後の諸動作をみればわかってきます。」

「素人目ではわからないところですが、大事なポイントなのですね。」

「チェックするポイントがあります。ビジネスも同じで、机上の空論で出された数字を見て評価するのではなく、そのチームはモチベーション良くやっている環境なのかギスギスしているのか、リーダーだけが頑張っている環境なのかチーム一丸となってやっているのか。その中身を見ていくのが管理職の仕事だと思います。」

「生活面で最も注意されているポイントはありますか。」

「選手の表情とかしぐさです。イキイキはつらつとしてれば堂々と胸を張って動きますが、何か悩みを抱えているとどうしても下向きに動きますよね。前日の練習が強すぎたのか余裕があったのか、故障しそうなのか、は朝一番の練習の動きを見たら分かります。会社でも、朝は誰よりも早く出社し、社員が出勤する姿を見ているのが上司の仕事の一つだと思います。」

「食事面では、どこに気を付けていますか。」

「出されたものを楽しく食べること。ご飯はたくさん食べる。炭水化物は大事。しっかり食べて、しっかり練習する。」

「監督が今おっしゃったことに、ポイントが3つあると思います。
一つ目は、『出されたものを食べる!』 これは『選手として大成するためには食事も練習と同じくらい大事なもの』という大前提に則っていて、好みももちろん大事ですが、選手にふさわしいと思って作られたものは食べよう!ということだと思いました。
二つ目は『楽しく食べる!』です。食事の時間は、練習時と違った環境でコミュニケーションがとれます。“同じ釜の飯を食う”ではありませんが、仲間として同じものを楽しく食べることは大事だと思います。しかも、“楽しく食べる”ことで、消化吸収にも良い影響がありますから。
三つ目は『ごはんはたくさん食べる』です。アスリートにとっては“体づくりの材料になるたんぱく質”が大事にされますが、“ごはん(=炭水化物)”はエネルギーの素として欠かせないものです。体を動かすだけでなく、頭を働かせるエネルギー源としてもとても重要です。とかく、炭水化物は太るなどと嫌われがちですが、エネルギーの素をしっかり摂ってこそたんぱく質がからだづくりの材料にも使われます。」

「寮で共に生活されているからこそできる管理ですね。奥様と情報共有されていますか。」

「夕食時に二人でお酒を飲みながら選手についても会話しています。」

「選手の情報を監督と寮母さんでいらっしゃる奥様とで共有なさることはとても素敵ですね。たとえば一つのチームの中でも監督、コーチ、トレーナー…と様々な立場や役割があるように、“監督”と“寮母さん”も別々の立場で、それぞれ選手への接し方、選手が求めるものも異なっていると思うのですが、その中で基本的な情報はしっかり共有なさっているというのは、さすがでいらっしゃいますね。

4年間だけでなく、100年プランで選手一人ひとりと向き合う

「今一番感動する、楽しいことはなんですか。」

「選手が自己ベストを出したときや、引退した選手が成果を上げて出世したときですね。また、卒業した学生から「悩みがあるから食事に行きませんか」と誘われ、酒を飲みながら議論するのも嬉しいです。」

「選手とは卒業後も長いお付き合いになるんですね。」

「そうですね。親代わりじゃないですが、人生のよき理解者でありたいと思ってます。趣味や世の中の様々な問題に対して、酒を飲みながらお互いの意見を交わす。ディベートが好きですからね、私は。」

「選手が引退してから、あるいは選手が大学を卒業してから、それからが人間同士の長い付き合いが出来るとおっしゃっていた方とお会いしたことがありますが、本当ですね。」

「青学陸上部に入りたいという選手に、どのような言葉をかけられますか?」

「『4年間の付き合いではなく、人生80年時代、100年プランでお互い考えていこうね』。みんな卒業しても、青山学院原軍団の一員。君の人生尺を4年間だけとらえて付き合うのではなく、卒業して家族が出来て、その子どもがまた青山学院に入りたくなるようなお付き合い、関係になるんだよっていう事を話したいです。」

「選手をサポートするには、なにが大事だと思いますか。」

「真剣に向き合うこと。ダメなものはダメ、良いものは良い。理念とビジョンと覚悟の“3点セット”ですね。全員に好かれようと思うと、ブレます。“原監督3割理論”で、3割の方にご理解いただけたら、まっすぐ向いて頑張ればいいんです。全員の賛同を得るのは無理ですよ。」

「駅伝やマラソンの、どのような魅力を伝えたいですか。」

「その選手のヒストリーを感じてほしい。一人の選手に対して、どういう生きざまでどんな挫折と挑戦を繰り返しながら、さらには引退後どう人生を歩むのかということを。
テレビで走ってる姿を見て、ただ『頑張ってるな、すごいな』だけじゃなく、その選手がどういう変遷を経てこの舞台に立ってるか、引退した後にどういう生きざまを見せるかなど、それぞれのヒストリーを見て感じてほしいです。

“念ずれば叶う”自分の置かれた立場で輝くための努力をする

「今後の目標を教えてください。」

「もう一度、3大駅伝のどこかで勝ちたいですね。やはり一度頂点を極めると、その景色は素晴らしいものがあります。これから先も、常に勝ち続けることは非常に難しい。箱根駅伝は、私どもだけでなく各大学が総力を挙げて強化しているから、畑としては非常に厳しい。これから新規参入してやろうと思ったら、それは厳しい世界が待ち受けていると思います。その中でも今はトップリーダーにあるわけですから、常に優勝争いをさせたいですね。」

「では、もっと先の目標を教えてください。」

「陸上競技の一監督ではなく、段々社会的影響力も出てきたので、スポーツ諸団体の普遍的な指導者の在り方も考えています。スポーツの監督がサラリーマンとしても有益な人材なんだという社会的評価を高める活動をしたいですね。そのためにも私は、コメンテーターとして露出して、箱根駅伝の話題だけじゃなく政治経済や芸能など色々な話題を様々な切り口で話せるんだという文化を積極的に打ち出していきたい。それが指導者のステータス向上にもなると思っています。」

「陸上以外の分野でしたいことはありますか。」

「ありますよ。あるけども、それは許してもらえないし、業界の縄張りがあるわけですよね。でももし可能であれば、やりたいことが二つあります。一つは高校野球甲子園で優勝すること、もう一つは日本人横綱を育てること。」

「すごいご挑戦ですね。違う分野でのご活躍も見てみたい気がします。奥様が、原監督のお言葉には選手やその周囲を“その気にさせる力”があるように思うとおっしゃっていました。」

「自分ができると思ったらできるんです。 “念ずれば叶う”というのが私の座右の銘の一つです。まずは思わないとダメ。
でも若いときとは違い、大人になると派閥争いや投票、学閥など自分が努力しても叶わないことも出てきます。今すぐには、なりたくてもなれるものではありませんね。」

「学生だけじゃなく、子どもたちへの愛がすごいですね。以前、中学生が青山学院の陸上部の見学に来ている様子をテレビで拝見したのですが、その場面で中学生への愛溢れる接し方だけでなく、陸上部の大学生への働きかけにも監督の指導者としてのすごさを感じたのを覚えています。」

「社会的影響力の強い人は、日本の伝統にもなる。だから、自分の知識を伝える作業が必要なのです。
僕は、日本全体を変える影響力のある人間になりたいと思っています。日本を変えるのは総理大臣だけじゃない。様々な領域のなかで、自分が得意とする分野で輝いていけばいいんですよね。町内会レベルの輝き、世界レベルの輝き、どちらが良いとか上下があるのではなく、自分がどのポジショニングにつくかだけ。各領域で競技を指導し、輝く。そういう人がいるから日本代表の選手も出てくるのだから、どちらが上だということはありません。自分の置かれた立場で、精一杯輝けるように努力する。そういうことを日本人それぞれが頑張っていけば、日本全体に活力が出るのではないかと思っています。」

「底辺の部分を大事にしなければ、高さも出てこないですよね。そして、選手のパフォーマンスを山に例えたとき、底辺を広げる要素の一つに栄養とか食事もあると思っています。」

「そう、底辺が広ければ広いほど、大きな山になります。」

取材日:2019年7月3日

選手&チームのご紹介

原晋(はら・すすむ)さん

1967年3月8日、広島県三原市生まれ。青山学院大学体育会陸上競技部長距離ブロック監督。
中学から陸上を始め、広島県立世羅高校では主将として全国高校駅伝で準優勝。進学した中京大学では3年時に日本インカレ5000mで3位入賞。卒業後は中国電力陸上競技部1期生で入部。残念ながらケガが原因で5年の選手生活を終え、同社の営業部のサラリーマンに転身。顕著な実績を上げて「伝説の営業マン」と呼ばれる。
チーム育成10年計画のプレゼンを買われて、2004年から青山学院大学陸上競技部監督に就任。着実に改革を進める。
18年の94回箱根駅伝、往路では惜しくも2位であったが、復路では実力を存分に発揮し見事四連覇。10時間57分39秒は大会新記録で、総合四連覇は史上6校目。
2018年10月の出雲駅伝では「ヨロシク(4649)大作戦」のチームスローガンを掲げ貫禄の勝利を飾り、11月の全日本大学駅伝でも「メラメラ大作戦!」で圧勝。
2019年の箱根駅伝は5連覇と史上初となる2度目の学生駅伝3冠に“王手”をかけたが、惜しくも総合2位。しかし、往路6位という逆境の中でも復路優勝を果たすなど、チームを高いレベルに引き上げた手腕には、ビジネス界からも熱い注目を浴びている。
また、全日本大学駅伝終了後、2019年度から同大学の地球社会共生学部の教授に就任されることが発表された。