スポーツ食育インタビュー
元プロテニスプレーヤー
佐藤 文平 さん
必要な栄養素を意識してから、体が変わってきた
「プロになって、食事面で変えた事はありますか?」
「サプリメントのとり方で、プロテインやBCAA※を上手く使えるようになりました。私らアスリートは、必要な栄養素が食事だけではとれない事を理解した上で、普通の人以上にトレーニングをし、目的に合わせて食事をとり、さらに足りない部分をサプリで補う。『食事がメイン・追加でサプリ』を理解した頃から、体重も少し変わってきました。」
※BCAA(Branched Chain Amino Acid)… 分岐鎖アミノ酸。人が体内で生成できない必須アミノ酸と呼ばれるもの
「試合中の補食はどのようにしていましたか?」
「すぐにエネルギーにしたいので、栄養ドリンクもそうですが、一番食べやすいバナナを食べたりしていました。」
「試合当日の朝食は、何を召し上がっていましたか?」
「朝は炭水化物を少しとりながらアミノ酸も補給し、とにかく体に栄養素を満たすような状態を意識しました。大学に入った当初は、浅い知識でとにかくたくさん米を食べていたんですが、競技を突き詰める上で栄養の知識が増え、意識がどんどん変わってきました。」
「試合中、スタミナ切れでバテたことはありましたか?」
「運動中にとる補食のタイミングを逃すと、どうしても集中力が切れる。今思うと、原因は炭水化物の欠損だという事がわかります。でも当時は必死なのでその状況すら見えず、ダメだ、フラフラする、キツイ、と思うだけ。プロになってからは栄養士が体重管理をしてくれました。自分の身長でトップレベルにいる選手の体重に合わせるために何をとるか、などの指導を栄養士から受け、それを実行すると3~4年で64kgから75kgになりました。ただ私自身はその体重では体を動かせなかったので、少し絞って72kgくらいがベスト体重でした。」
「選手にとってのベスト体重は、最もコンディションが良く、パフォーマンスの良い状態でいられる体重です。目標とする選手の体重が必ずしも自分のベスト体重という訳ではないので、自分と向き合いながらベスト体重を見つけることが大事ですよね」
海外の選手と日本人選手の差は「乳製品」の摂取量!?
「海外の選手を見て、違いを感じる事はありますか?」
「アメリカで生まれ育った台湾人選手に、『お米とパン、どっちを朝ごはんに選ぶ?』と聞くと、パンと答えました。育ってきた環境で私らはお米を食べ、彼らはパンを食べる。何が正解ではなく“違い”がある。
また、栄養素の差を比べてはいませんが、外国人は私らに比べて乳製品の摂取が多かった。日本人選手と海外の選手を比べたとき、海外選手は必ずデザートにヨーグルトなどを食べていました。日本人がヨーグルトを食べないのは、“和食”に入りづらいせいなのかな。やっぱり日本人は、乳製品が足りないと感じました。」
「国民健康栄養調査でずっと不足しているのはカルシウムですから、そういう意味では確かに(牛乳やヨーグルトなど乳製品の摂り方は)足りないですね。でも、和食の中にヨーグルトを入れるのが難しければ、“デザート”に加えたり、“間食(おやつ)”にしたり、寝る前の夜食で食べたりと、食事とは別途追加としてとる方法がおすすめです。
学校で提供される米飯給食の牛乳にも違和感があると言われるように、栄養のバランス重視で無理に入れるのではなく、その場に合わせて食べる習慣をつければ良いのでは、と私は思っています。」
「確かにそうですね。3時のおやつにヨーグルトが出てきていいし、一日のうちのどこかでとるような習慣づけをしていけばいいと思います。」
「私も選手のメニューの調整には必ずヨーグルト入れていますが、一般の方は一度の食事でヨーグルトを食べる余裕がない場合は、別のタイミングで食べようという意識さえあればいいと思います。」
プロとして続けていくために、自分に「魔法」をかけた
「これまでに苦労や挫折などがあったと思いますが、メンタルを鍛えるために必要な事はありますか?」
「子どものときって『将来何になりたい?』と聞かれて、ライオンとか仮面ライダーとか空を飛びたいとか、本当に純粋な夢や希望を言っていたと思います。でも学校に入って、勉強ができる人とできない人の差を感じるようになると、自分には無理だと限界を感じるようになる。そして段々、現実的な、なれそうな職業を夢にするようになる。大学生になって自分のできる事とできない事を考えたとき、できない事の方が圧倒的に多い事に気付きます。経済的、現実的な部分で自らを客観視し、年齢を重ねれば重ねるほど、経験を積めば積むほど、食べていけるかわからないプロの世界に挑めず、挫折してしまうパターンが多いのではないでしょうか。
私は、プロ生活は自分をだまし、魔法をかけながらやっていかなきゃいけない、と思っています。私はプロになるときに、『日本一になる事はできるけど、世界一はわからない』と言っていました。誰も私が優勝すると思っていない中でインカレ優勝できたのは、単純に人よりも体力があり、多く走った努力の結果。でも世界に出たとき、錦織選手やとてつもない才能をもった選手達と一緒に練習して生活していく中で、彼らに勝つことは不可能、これは無理だと悟った瞬間があったんです。だったら、他の人にはできない挑戦をしなければいけない。プロになるときに父に言われた“プロとしての特異性や特色”を持たなければ、確実にここで飲み込まれてしまうと思いました。挫折というか、そこでもう1回ステップを踏んだ感じです。
プロになると、1週間で1大会、7週間で7大会あり、ヨーロッパ、トルコ、イタリア、またトルコと移動を繰り返します。ほとんどの試合を1回戦で負け続けてつらかった時期に、トルコにある、ヨーロッパとアジアを結ぶすごく綺麗な“ファーティフ・スルタン・メフメト”という橋をタクシーで渡っている時『俺ってなんで勝てないんだろう』と一瞬感傷に浸りました。でも橋を抜けた途端に、『やっぱり違うな、どうやって勝てるかを考えた方がいいな』と気持ちを切り替えました。日本代表になろうと思った私の挑戦にお金を出してくれている企業、そこに投資してくれている方がいて、そういう人達に対してどう還元すべきか。自分はすでに人の夢も背負ってやっているんだ、と。ネガティブな状況から、決意を固めた瞬間でもありました。」
「アスリートはときに思いもよらぬケガをしたり、スランプで落ち込む事もありますよね。そんな時、半年も1年もの長い期間みんなの練習を横目で見ながらリハビリを頑張っている選手は本当にすごいメンタリティだと思います。それを乗り越える力があるのがプロの選手なのかもしれませんね。」
「私は、誰よりもテニスが好きだと思っています。私より上手い日本人選手はいっぱいいますが、私は誰よりもテニスの情報を持っている。ランキングは低いけれど、世界のコネクションを一番持っていて、一番マニアだという自信だけはある。今でもそこが生きていると思います。」
勝利をイメージすることの大切さ。ゴールは最短距離で目指す
「今後は、解説や大学での研究のほかに、指導もされるのですか?」
「直接的ではないのですが、国体の強化に呼ばれることもあります。技術的な指導というより、今何が一番大事なのか、テニス以外で知らない事を知る。そこが大事だと思っています。たとえば栄養について、太らない、身長が小さい、何をとったらいいかわからない、など、とても困っている子がたくさんいます。日本はコンビニにすべてそろっているけれど、その中でチョイスする物を間違っている。そういう事を知るだけで、テニスにもっと活きてきます。
今特に気になるのが、スマホや電子機器に接している時間が長い事。テニスやっている時間よりも多い。その比重を少しでもテニスに置けば、全然違うはず。スポーツは唯一、そういった電子機器などを抜きにしてエモーショナルな瞬間を得られる場所です。感情のアウトプットをする場所がモバイルに奪われているから、いざ自分がコートに立ったときに出し切れない。それが結構問題だと思っています。情報は得てもいいんですが、どこで全力を出したいのか、全力を出すための準備、過程、それは何時間必要なのか。30分前までゲームをやっていて、30分後にここで全力出せるのか?錦織選手もゲームが好きと聞きますが、試合の2~3時間前からウォーミングアップ、練習、シャワーをして音楽を聞いてゾーンに入ります。テニスでベストパフォーマンスを出すために何を食べ、どうやって準備していくかの時間は、非常に大切です。」
「イメージトレーニングの大切さを教えてください。」
「私は自分が優勝するときは、優勝スピーチをする夢を毎日見ました。毎日そこばかりイメージしていたので、毎晩見ました。そのときは食べ物も朝、昼、晩全部同じにしたんです。自分が勝った姿や成功した姿をイメージしなければ、ぼやけた状態では山は登れない。エベレストに登る人は、山の頂上を別の映像から見ています。ここに絶対立つんだと思いルートを決める。ルートと目標を決めて、自分の体がどうなりたいか、ゴールに向かって一つ一つたどっていけば間違えません。右往左往しても最終的にたどり着けばいいとも思いますが、アスリートにそんな長い時間はないので、最短で効率的に行くべきだと思います。」
「人生100年」には、スポーツと栄養の意識付けが重要
「今後は、大学でジェロントロジー(老年学)とスポーツ科学を研究されるのですか?」
「日本は『人生100年』を国策としていて、特に多摩大学の寺島実郎学長は、“ジェロントロジー”を『高齢化社会工学』と位置付けどのように立ち向かっていくか、“知の再武装”という言葉を使って提言されています。その中で小さいお子さんから高齢者の方まで共通して言えることは『健康の重要性』です。ご飯を食べて運動しなければ太るし、運動をしてご飯を食べなければ痩せるし、骨密度が落ちるとどんどん骨折しやすくなるし、運動しなければ筋肉が衰えて転倒して骨折する。運動、睡眠、栄養の3つを、生活の中でどう意識付けしていく事ができるか、それがジェロントロジーの分野でも非常に大事になってきます。健康を支えているのは栄養と運動。大学のある多摩地域は高齢化がすごく進んでいるので、地域と大学が連携して新たな社会モデルが作れたら良いなと思っています。」
「『スポーツ栄養』がプロの選手に限った特別のことではなく、小さいお子さんから高齢の方まで、健康に運動をするためには、誰でも考える必要のあることだと仰って頂いているようで、とても嬉しいです。」
「北欧での調査をなさっていますが、何か参考になるものがありますか。」
「北欧には、高齢者や社会人が行くフォルケホイスコーレ※という学校があり、費用の2/3を国が負担するので実質1/3の自己負担ですみます。そこではサステイナブル(持続可能)な世界を作りあげているので、たとえば使い捨てのプラスチックスプーンを使わない。無いものは作る。
また、さまざまなコミュニティが集まる場で、多くの事を色々学びます。年齢も様々で老若男女集まり、そこには必ず食堂を設置しなければならず、オーナーも一緒に住まなければいけない全寮制のルールで、人と会話をしながら食事をするのが基本。孤独な高齢者もそこでは活発さを取り戻し、ハッピーになれて、非常に良いモデルを実現していて、北欧には見習うべきところが多い。
大学機関が、研究も含めてそのような場所を提供する事で、高齢化社会で若者と高齢者が交流する機会や、若者が高齢者から学ぶ機会があり、高齢者は若者から元気をもらえます。日本社会にはフィットしない部分もありますが、非常に良いロールモデルだと思っています。」
※フォルケホイスコーレ…成人教育機関、社会人学校」
「競技スポーツは、今後の高齢化社会にどのように関わっていくべきですか?」
「競技スポーツはかなり特殊で、万人受けするものではなく、技術を極めた人たちが勝利を追及して行うものです。彼らのトップレベルの技術を目の当たりにすることで、観客はメンタル的な高揚感を与えられ、元気になる。だからこそ雲の上の存在ではなく、彼らと一緒にプレイをすることで、彼らの世界を体感させてもらうような、相互作用が一番大事だと思っています。とても強く感じるのは、昔から付き合いのある錦織選手の人柄で、どんな人に対しても素のままで、世界のトップクラスになってからも何も変わらない付き合いをしてくれています。競技スポーツの、ある意味とがった世界の人たちが、みんなとの交流を持つ。サッカー選手はよくしていますね。そういう場をもっと増やし、地域ごとに増やす事で、地域活性化やスポーツが文化として根付いていくことを切に願っています。
人には役割があって、できる事、できない事がある。私は錦織選手のようにプレーで人を魅了する事はできないと思った瞬間、彼にできなくて私にできる事は何かを考えた。そしてそれは、スポーツ愛好家に対して人とのつながりを還元していくことだと考えました。競技経験者がもっと考えて動き出せば、日本はどんどん元気になり、そこに価値や収益が生まれれば活動のための財源になります。
競技スポーツをやっている人はトップでなければ不要と極端に思いがちです。私も勝たなきゃダメだと思っていたときもありましたが、発想の転換で自分にしかできない事を持つ事も大事だと思います。」
人と比べず、子どもの成長を待つ努力を
「スポーツをする子どもに対して、保護者の理想的なサポートについて教えてください。」
「焦らないで欲しいと思います。個人差があって、1学年には4月生まれの子も早生まれの子もいる。子どもの1年は大人と比べ物にならないくらい大きな差で、そこで劣等感を覚えてやめてしまう事例も結構あります。子どもの成長の速度を、人と比べてはダメです。私の成長はスローでしたが、親が焦らせなかった事で伸びた。子どもの成長を待ちましょう。
親は子どもを栄養に関する正しい知識で育て、何を与えれば良いか考え、提供し続ける。親に知識があれば、毎日持っていくお弁当の中身が変わり、中身が変われば摂り入れる栄養素が変わってくる。親としてわが子を人と比べず、焦らず、なるべく正しい知識を入れる努力をすべきだと思います。」
「いつピークが来るかわからないですものね。
高く飛ぶためには、膝を曲げてからジャンプするように、ピーク(体格も技術も伸びること)が来ることを信じて、保護者だからできる準備(バランスのとれた食事の提供など)をすること、し続けることが“最強のサポーター”として保護者が出来ることだと私も常々思っています」
「もちろんです。食育はスポーツとの融合で、更に相乗効果が期待できます。スポーツイベントで子どもたちが運動する姿を見て、どんな栄養素が必要か実感できます。そこで専門家から正しい知識を伝えると、効率的に結果が出せます。食育の社会的認知度を上げるためにも、スポーツイベントなどのポジティブな環境と栄養指導を結びつけ、様々なプロモーションを展開していくことが今後必要になると思います。」
取材日:2019年3月28日
選手&チームのご紹介
佐藤文平(さとう・ぶんぺい)さん
元プロテニスプレイヤー・テニス解説者。1985年生まれ。東海大学菅生高等学校→早稲田大学スポーツ科学部→早稲田大学大学院修士課程→日体大大学院博士後期課程在学中。07年インカレ優勝。3年生で全日本学生テニス選手権学生ランキング1位。08年早稲田大学スポーツ科学部卒業、プロデビューと同時に早稲田大学大学院修士課程進学。10年修士課程修了。12年日本初出場のATPワールドチームカップ(デュッセルドルフ大会)日本代表。13年全日本テニス選手権ダブルス優勝。錦織選手とはヒッティングパートナーを務めた経験もありプライベートでの親交も深い。日体大大学院にてスポーツバイオメカニクスを研究。2019年4月より多摩大学の専任講師。「ジェロントロジープロジェクト」の関連で、「スポーツとメディア」「スポーツとジェロントロジー」「地域とスポーツ産業」などの講義を担当。