スポーツ食育インタビュー

前編に続き、ヴィッセル神戸所属の高橋秀人選手にお話をうかがいました。大学に進学し、教師の道を志していた高橋選手。そこからどのようにして、プロになる決意をしたのでしょうか。サッカーにかける思いや、活躍を支える食事について、話していただきました。

コーチの言葉に背中を押され、プロに挑戦

「学業で苦労されましたか?」

「板書をノートに写したり長い文章と向き合うのが苦手でしたが、中学のころ『ハリーポッターシリーズ』の独特の世界に引き込まれる内容にハマり、よく読書していたおかげで文字を見るのが苦じゃなくなり、文字への抵抗がなくなりました。そこから成績が一気に伸びていきました。」

「何の科目が得意でしたか?」

「英語、次に家庭科と体育。バスケットなど体を動かす事は全般的に得意でした。高校3年間担任だった英語科の恩師に『普段の授業をちゃんと聞いていれば高得点が取れる』と言われ、家ではテスト期間以外勉強せず、通学電車と学校の休み時間だけ勉強して大学に進学出来ました。恩師の人間性に惹かれて、高校時代を頑張れた感じです。」

「大学に進学して教師を目指されていたのですよね?」

「中・高校時代の恩師に感銘を受け感化されたのと、自ら教師になりたいと思ったし、親からも安定した職業の公務員をすすめられました。元々勉強好きじゃなく後発的に成績が良くなったので、頭の良い人が簡単に解けるものも苦労して解いていた分考え方の道筋が分かり、分からない人に教えるのが好きで上手だったので、教師になりたくなりました。」

「大学でサッカー熱が冷めてしまったのですか?」

「高校では皆で一生懸命サッカーに打ち込もうとする共通目的のようなものがありましたが、大学で環境が一変。教員養成大学で、部活以外の時間は勉強しなきゃいけないし、アルバイトもしたり。サッカーだけでなく色々な事をしている部員がいるこの組織は、本当にサッカーで勝ちたいのかな?と嫌気がさし、1年の時にサッカーやめようと思ったこともありました。」

「そういう状況から、プロになる決心をした経緯を教えて下さい。」

「きっかけの一つは、毎年群馬県から何人かプロになり活躍している選手を見て、自分も彼らみたいになりたいという憧れと、彼らには負けないという嫉妬心がぬぐい切れなくなったこと。もう一つは、自分も2~3年の時、部活後深夜の飲食店でバイトをしてましたが、コーチに『素質があってプロになれる可能性があるのに、なんでバイトをしてるんだ?お金が足りないなら、親に借りてプロサッカー選手になって返せ!』と言われて。客観的に見て俺なんかプロサッカー選手になれないと思っていたところ、その言葉でもう1回プロに挑戦してみようかなと思いました。ちょうどそのタイミングでFC東京の強化指定選手として練習に参加する機会を得て、そこで決意しました。」

「サッカー以外の選択肢を持ったことが、逆に良かったのかもしれないですね。」

「そうですね。大学を経た分プロ入りが遅くなり、そのコンプレックスは持っていましたが、反面良さもありました。大学では洗濯やスパイク磨きなど身の回りの事も自分でやる環境だったので、4年間で経済的にも人間的にも一回りも二回りも大きくなってからプロになった事は今でも良かったと思っています。」

FC東京時代に受けたひさこ先生からのアドバイスは、今でも実践しています

「スポーツ選手にとって食が重要だと感じられたのは、プロになってからですか?」

「本当の意味で食が大事だと思ったのは、最近です。30歳間近になり疲れが取れなくなって、もっと意識を変えないといけないと思っています。ただ元々外食しない、体に良い物を食べる、栄養価の高い野菜を食べるという事は習慣になっているので、正直特別意識はしていません。みんなに食事の量や内容にすごくこだわってると言われますが、特別な事をしているつもりはありません。」

「無意識のうちに出来ている自然なスタイルは、小さい時から身についたものですね。」

「今までどちらかというと炭水化物がメインだったけれど、強いて言えば今はタンパク質の量を増やさないと筋肉量が大きくならないので、推奨されている“体重×2.0g”よりもう少し多く、朝食からタンパク質をとらないと総量が増えない。朝は納豆以外に魚も目玉焼きも入れて、タンパク質をとらなきゃいけないと思っています。」

「日本人の食事はとかく“夕食偏重”になりがちです。しかし大事なことは朝と昼も、夕食も同様にしっかりとること。結果として、朝食のタンパク質源は納豆だけでなく、魚も目玉焼きもとった方が良いという感想になるのだと思います。ただ、一日のタンパク質摂取の総量としては(体重×2.0)を基本と考えて良いと思います。」

「FC東京時代に管理栄養士のひさこ先生からどのようなお話を聞きましたか?」

「考え方や大事な事を全選手に伝えないといけないお立場なのでごもっともなんですが、同じ話をよく聞きました(笑)。ただ、自分の知らない事を教えてもらった時は、分野が違いますが正直負けたくないところも(笑)。スペシャリストに対してもちろん敬意は持っていますが、その情報をどこから入手されたのか、実際それってどうなんですか?というスタンスで、今も噛みついてます(笑)。」

「日頃から、練習だけでなく食事に対しても、納得するまで精一杯取り組んでいらっしゃる姿勢の表れだといつも嬉しく思っていました。だからという訳ではありませんが、私たちの大事なことは“カン”や“流れ”でいうことではなく、エビデンスが大事ということはいつも心がけています。」

「ひさこ先生の指導で、実践している事はありますか?」

「『自分にとってこのおかず、たとえば明太子、納豆、ノリタマ、なめ茸などこれががあればよりごはんを食べられるというものを一つ作りなさい。そういうのがないとサッカー選手としてやっていけないから、すぐ見つけましょう』というメッセージ。食に対して意識が高い選手と低い選手がいる中、ごはんを食べるためのおかずをチョイスすることだけはやって欲しいという、強いメッセージでした。選手が自分にとってごはんのパートナーは“コレ”だとちゃんと認識できる事は、選手にとって良いと思う。ひさこ先生の指導力だと思いました。また、タンパク質も必要だけど炭水化物を食べなさいと口酸っぱく言われていて、試合後の控室にはおにぎりとサンドイッチが置いてあり、全選手プロテインとおにぎりは絶対に食べていました。ガミガミ言われると正直反発する事もあると思うけれど、先生は立場上言わないといけないけれど言い過ぎず、でも選手の栄養管理はしっかりされていて、そのバランスやきっかけ作りの度合が上手かった。それは先生の賜物(たまもの)ですね。」

「私からのメッセージを心にとめて、実践して下さっていること、すごく嬉しいです。これは本当に大事なことなので、特に成長期の選手の保護者の方には意識していただきたいと思っています。」

「海外遠征中の食事について気を付けられていた事はありますか?」

「海外だと味付けがどうしても違うので、量を食べられない選手が多い。僕は和風パスタを作って、ふりかけ、しょうゆ、ゴマに納豆やキムチを入れ、なるべく日本食っぽい味付けにして食べていた記憶がありますが、それは久保田先生に聞いたのかも。」

主菜・副菜・ごはんがすすむおかずの組み合わせがグッドバランス

「普段の食生活で、気をつけている事はありますか?」

「試合後、特にナイターゲームの後はアドレナリンが出るせいか、どうしても食べれないんです。だから最近は試合の翌朝と昼に大事なものを食べるよう意識しています。翌日の昼にお寿司を食べる事が、疲労回復のルーティンで仕事の一環。最初はたまたま昼に寿司を食べたら、その後2日目3日目と疲労が格段に和らいで体が軽くなった。理論的には、お寿司は青魚も多く、貝類はミネラルとか入っていて疲労回復に適した栄養が豊富。当然体力が弱っていると胃も弱るから生魚という観点上リスクもありますが、あぶったりしてなるべくリスクを排除しながら食べます。ワサビや緑茶は殺菌作用があるし、酢飯やガリも体に良いし、魚は脂質が低くタンパク質が豊富等考えると、寿司はすごく体に良いですね。」

「免疫力が落ちているときや大事な試合の前は、おなかを壊すリスクが高くなるので、基本的に“生もの”は避けるようにします。ただ、魚(特に青魚)はたんぱく質の他に良質な脂質(DHAやEPAなど)、ビタミン・ミネラルも豊富ですから、加熱調理した魚はおすすめです。」

「お料理はご自身でも作りますか?」

「母は煮物が得意でしたが、自分はもっと洋風だったり、もっと手間なく簡単に美味しい野菜料理が作れるのではと。和え物好きなので、茹でてナムルにしたり、オリーブオイルを使ったイタリアンなど。夕飯は自分が作りたい時や食べたいものがあれば食材を買って帰り、妻の作った料理と自作半分ずつ食べます。この前は妻の誕生日にみそ田楽と、鯛とホタテのカルパッチョを作りました。」
※下記にご本人からご提供いただいた手料理の写真を掲載いたしました!

「すごい!手間暇をかけて作られていますね。料理本など見て作られるのですか?」

「いや全然、適当なんで。台所で料理本と携帯を触るのは認めません。しょうゆ小さじ1とか、そんなの料理本を見ないで味見すればいい。甘くしたければみりんや砂糖入れ、辛くしたければ豆板醤を入れてもいい。奥さんがたまに見てると、何で見てんの?って言います。キッチン以外で料理本やアプリは見ますが、キッチンに立ったらそんなの見ないっていうこだわりです。」

「厳しい(笑)。奥様に料理のリクエストもされますか?」

「まずは、ごはんが食べられるおかずを出してほしい。麻婆茄子や麻婆豆腐は、俺の中でメインじゃなくサブでどちらかというと小鉢。もちろん麻婆豆腐でごはんを食べられるのですが、それとは別に魚か肉かドーンとしたものが欲しい。その他に、ナムルとか酢の物とか、あっさりしたものを作ってほしい。そして、ごはんが進む一品がほしい。この前はなめ茸を作りました。しょうゆとみりんで煮るだけで、超簡単。しそをしょうゆとニンニクやゴマ油に漬けて、それを刻んでごはんにかけるのも、超うまい!」

ひさこ先生の栄養アドバイス

よくお母様方から「何を作れば良いか考えるのが一番困る」と相談を受けますが、高橋秀人選手が実践しているような『肉とか魚のド-ンとしたおかず(主菜)』と『ナムルとか酢の物のようなさっぱりしたおかず(副菜)』、『ごはんがススムおかず』というようにメニューを考えると、自然と栄養のバランスがとれたものになります。

子どもの頃ヨーグルトに親の手造りジャムを合わせて食べるのが好きでした

「好きな食べ物は、乳製品とラーメンという情報がありますが?」

「そうですね。乳製品好きは昔から。牛乳とヨーグルトは、子どものころからものすごくとってました。親がジャムを作るのが好きだったので、プレーンヨーグルトにジャムやはちみつをつけて食べる。我が家はどんぶり鉢に入れて食べてました。ヨーグルトは朝と夜食べる機会が多いですが、ヨーグルトと果物の酵素は、理想を言えばごはんを食べる前。よく食後のデザートにオレンジとか出るけど、それより食前が良いでしょ?」

「確かに“酵素”に注目すると、“食前”の方がよいという考え方になるかと思います。ただ、ヨーグルトなど乳製品はGI値も低いですし、成長ホルモンの分泌と合わせて考えると、食後、出来れば就寝前などがよりふさわしいと思います。オレンジなどフルーツに関しては、余分にとった果糖は体脂肪に変換されやすいこともあるので、確かに夕食後の果物の量が多くなり過ぎないよう気をつけたいところです。ただ、成長期のジュニア選手などは食事前にフルーツなどを摂ってしまうことで食事量に影響することもあるので、必ずしも食前が良いということではありません。」

「ラーメンも大好きですが、糖質やカロリーが多いので野菜のトッピングしたり、脂抜きにしたり、なるべくスープは飲まないようにレンゲは使わないようしています。野菜を食べるに越した事ないですが、ラーメン店には無いので食べる前には野菜ジュースを飲み一応バランスをとります。サッカー選手でも、ラーメンや焼肉食べたい時ってあるんです。でも毎日食べるわけじゃないし、週1回のご褒美(ほうび)で焼肉やラーメン食べるのは、息抜きの一つ。焼肉を食べに行っても、カロリー高い物は頼みません。ナムル、キムチ、玉ねぎサラダ、トマト、スープと冷麺も食べますが、サッカー選手として理想の食事の形を自分の中で持っているので、栄養素の六角形を常にイメージして、なるべく近づける食事に無意識に出来ていると思います。」

「高橋選手のように“サッカー選手として理想の食事の形を自分の中で持っている”選手や“イメージになるべく近づける食事が無意識にできる”選手が理想です。私も絶対に食べちゃいけないものはないと思っているので、目的に応じた食事をいつも自分で選べるようになることが大事だと思います。」

「カップラーメンの油で揚げたものは脂質高すぎるので絶対にですが。」

「もちろん今はノンフライのものもありますが、それも“選ぶ目”があってこそのこと。カップ焼きそばに至ってはつで1,000kcal以上もあるものもあります。加工食品に使われている脂質に関してはエネルギーが高くなるだけでなく、脂肪酸のことも含めまだ気をつけたいこともあります。」

「お子様の食事で、注意している点はありますか?」

「家にはお菓子は置かない。必要な栄養はなるべく食材でとるようにしています。」

自分を信じ、夢に向かって一生懸命頑張ることが何より大切

「サッカーをする上で、どのようなメンタルが必要だと感じますか?」

「自分を信じる事、そのメンタルは大事です。出来ないと思ったら出来ないし、出来ると思ったら出来る。自分を信じるという事はこういう事、と知る事はどんな人にも大事。それは年々変わるもので、より深く理解できるようになるはず。何でも人に言われてやっていると、自身に入ってくる影響も少ないと思う。自分の例で言えば、ハリーポッターの本が好きで、自ら進んで読むから続けられ、結果成績アップにつながった。全てが結びついた時に、成長できるものです。人に言われてやる事も勿論きっかけにはなるけど、本当の大切さは自分自身で気付くのが大事。花だって添え木に頼り過ぎると自立しなくなるし、かと言って添え木無しでは上手く自立出来ない。教師の立場も同じだと思います。教師って面白いし、難しい職業ですよね、先生。」

「私がよく学生達に話すのは、『私の押す力が強かったら飛んじゃうし、転んじゃう。私が指1本添えたくらいで、今が出るきっかけって思って進んでくれたらいいんだけどね』と。でもその花と添え木の例えも良いから、これからはそれを使おうかしら(笑)。」

「サッカーをして、性格が変わったという事はありますか?」

「サッカー選手になって思ったのは、良い子ちゃんじゃダメっていう事。学校教育はどちらかというと平等論、みんな同じが良くて、マイナス点があれば良いところを引き出してあげるという考え方ですが、サッカー選手は競争があって、決められた枠で椅子取りゲームをしながら自分の色を出していかなきゃいけない。客観的で冷静な自分の要素だけではこの世界で生き残っていけない。自分をもっと認知してもらうためこのままじゃダメだと思い、我を出すよう変えたりしました。」

「今サッカーをしている子ども達に、アドバイスやメッセージをお願いします。」

「待ってたらボールは来ない。それは僕も親に結構言われた。手を挙げてもパスは来ない。自分がボールに触るために、まず呼び込むとか走り込むとかして自分を出す。これはどの世界、どの社会に出ても一緒だと思う。11人に選ばれるって事は、何かしらの形でボールに関与してチームに貢献すること。それが楽しいと思っているから、サッカーを続けている。ボールに関わり続けるために、色々考えてほしいですね。
子ども達に夢について語るとき、自身がサッカー選手の夢を諦めて回り道した事を正直に言います。本当に好きだったら可能性を信じて、夢をあきらめないで!途中で “サッカー選手”から、“野球選手”に変わっても良いんです。何か夢や目標を持っているから頑張れる。一つの夢に愚直(ぐちょく)に頑張っていれば、一つの事に打ち込む能力が備わり必ず力になり、いつどんな形かわからないけれど夢をかなえられると思います。」

「保護者の方に、サポートについてのアドバイスをお願いします。」

「親御さんから、サッカーばっかりやって全然勉強しないと相談されることがよくあります。サッカーでも何でも、一つの事に打ち込む事ができれば、どんな事に対してもそれが出来るようになると思うので、ガミガミ言わず温かい目で見守っていてください。いつかサッカーと勉強の割合を変えて、切り替えられるように必ずなると思うので。
子どもは、保護者に対して感謝の気持ちを持つ時期が必ず来ると思います。僕は、ようやく今そう思っています。だから食事の面や、色々な形でサポートして欲しいですね。反抗期も少なからずあると思いますが、いずれ子どもへの教育は実りますので今は忍耐の時期ですね。将来、子どもが結婚したり親になった時に『お母さんありがとう』と感謝される日が必ず来る。それまで我慢して(笑)サポートお願いします。」

「今後の目標や夢などあれば教えてください。」

「サッカー選手としては、リーグ優勝した事がないので、チャンピオンになりたいです。」

取材日:2017年6月27日

選手&チームのご紹介

高橋秀人(たかはしひでと)選手

1987年10月17日生まれ。群馬県伊勢崎市出身。身長184cm。ヴィッセル神戸所属でボジションはMF。
東京学芸大学卒業。元日本代表。2016年日本プロサッカー選手会の6代目会長に就任。攻守のバランス感覚をもって、中盤に安定感を与えるだけでなく、粘り強さ、高さも兼ね備える、フォア・ザ・チームでプレーできる存在。今季からクリムゾンレッドのユニフォームに袖を通す、日本代表経験のあるボランチ。


VISSEL KOBE



兵庫県神戸市をホームタウンとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。1996年Jリーグ参加。1998年J1昇格。その後2度のJ2降格を経て、2013年J1復帰。4年連続ノックアウトステージ進出。「サッカーを通じて地域社会に貢献すること」「地域に密着したサッカーの技術向上」「世界に誇れるスポーツクラブの創造」の三点を軸に目指す。

編集部より

端整な顔立ちに知性溢れるスマートな受け答え、プロサッカー選手としての厳しい顔と2児の父という頼もしい存在感をも兼ね備え、完璧で隙が無い印象の高橋選手でしたが、ひさこ先生とはFC東京時代から仲良しで、お互い鋭い突っ込みを入れ合うユニークな一面も垣間見え、より素に近い素直な想いをうかがう事が出来ました。次の予定時間が迫る中、ギリギリまで丁寧に答えて下さる律儀さにもお人柄が現れていました。高橋選手の今後益々のご活躍をお祈りします。