スポーツ食育インタビュー
日本卓球協会 ストレングス&コンディショニングコーチ
田中 礼人 さん
どんな環境でもたくさん食べることが、強さの秘訣
「卓球にはオフシーズンがないんですよね。海外遠征が多く、移動だけでも疲れてリカバリーが大変では?」
「年間200日国内合宿で、100日国際大会に出ていますから、リカバリーもとても大事。もちろん食事も大切です。筋力レベルが落ちて回復しないとケガにつながってしまうので、遠征中でもトレーニングを続けています。もちろん強度や量は変えますが、年間を通して、トレーニングも栄養も考えながらやっていきます。」
「海外では食生活や食事面の変化も多いと思いますが、それで体調をくずすこともありますか?」
「ありますね。人によりますが、においがきつかったり、発展途上国だとメニューの種類が少なく、2週間の遠征で体重が2~3kg落ちる選手もいます。」
「食べられるものがない、という状況ですか?」
「そうですね。でもそれは男子の場合で、女子は維持(いじ)できてるか、ちょっと体重が増える場合もあります。」
「同じ場所なのに? 女子は食べているんですね。適応力の違いでしょうか。」
「女子は自分たちで持参したり、なにかと食べているんです。5~6年前の事ですが、男子は現地食が食べられなかったら、食べられないままでした。でも最近は、自分で補食を持参したり、マジックライスやレトルトカレー温めて食べてるなど、少しずつ工夫しています。」
「海外の選手の食事の意識に違いを感じますか?」
「今卓球は中国が一番強いんですが、中国の選手はどこの国に行ってもすごく食べます。細い人でもとにかくお皿にいっぱい、野菜を取って食べてます。やっぱりそういうのが、強さの秘訣(ひけつ)かなって思いますね。体格もやっぱり大きいですよ。骨格も大きく感じます。特に男子の場合は、食べる量の差は絶対あります。」
次世代の育成が実を結び、日本の競技レベルが上がった。
「肉体改造をするには、どんなトレーニングが必要ですか?」
「まずはトレーニングを継続(けいぞく)し、ケガしない体づくりが大切。ケガしなければ計画通りに練習できますし、遠征にも行けます。技術とか戦術は、監督、コーチがしっかり考えているので。」
「日本男子全体のレベルが上がっている背景には、そういうトレーニングや食事の変革(へんかく)があったおかげなんですね。」
「少なからずそういうのもあるかと。5年前は世界ランク30位以内に2人しかいなかったんですけど、今は6人います。」
「すごいことだと思います。サポート環境が備わり、全体が底上げされたからですね。」
「あとは2001年辺りから、卓球協会で競技者育成に力を入れ始めた事もあります。今までは日本代表の選手だけを集め、試合が終わったら解散していたので、次世代が育たなかった。そこで12歳以下、18歳以下、トップとそれぞれナショナルチームを作り、練習、体力、栄養、メンタルを一貫教育でやり始めた。ちょうどその子たちが、今の主力になってきているんです。」
「トレーナーの立場から、『こういう子は伸びる』と思う子の特徴はありますか?」
「やっぱり素直な子が一番伸びますね。素直で、なおかつ自分の中で良いアドバイス、悪いアドバイスの分別ができる。何でもかんでも受け入れるんじゃなくて、全部受け入れた上で、自分で考えて処理(しょり)できるような、そんな子はやっぱり伸びますね。」
「それってすごく大事ですよね。今は情報社会で、様々なことをテレビやメディアで取り上げる。それを取捨選択(しゅしゃせんたく)する力、見極める力というのは、どの競技でも大事ですよね。」
「あとはちゃんと継続できるかどうか。継続出来ないと意味がないので。」
卓球は、全力疾走しながらチェスをするようなスポーツ。
「卓球のトレーニングメニューを教えてください。」
「週に2回ウェイトトレーニングをやって、あとはプライオメトリックストレーニング、スピードトレーニングやアジリティ、インターバルトレーニングなどで回復力をつけたりをしています。ウェイトトレーニングはウェイトルームで行い、インターバル他のトレーニングは卓球場や、陸上競技場もあるのでそこに走りに行ったりしてやっています。」
「脳が疲れた時のエネルギー補給は、何が良いですか?」
「脳も疲れますね。脳のエネルギーは食事から。ただ糖分といっても一時的には甘い物を欲求(よっきゅう)すると思いますが、糖分は甘いものだけじゃなく、主食が消化して吸収される段階でブドウ糖になるから、長いスパンで考えれば脳のエネルギーには主食が適しているかと思います。」
「練習後、選手はすぐ食堂に行きます。午後は3時半からの練習なので、ちょっとお腹が空いてしまう場合に補食のゼリーとバナナは準備していますが、足りない時は自分たちで買ってきて食べています。」
「試合中食べていいんですか?」
「はい。バッグがベンチに置いてあり、そこから取って食べます。」
「テニスの試合と一緒ですね。錦織選手はよくバナナを食べていますよね。」
「それと同じです。1ゲームごとにベンチに戻(もど)れるので。エネルギーゼリーや、時間がある時はおにぎりやバナナを摂(と)っています。」
「試合の間じゅう、集中力を切らさず続けるのは大変ですね。」
「卓球は『100m走全力疾走(しっそう)しながら、チェスをするようなものだ』とたとえられるくらいです。今はもう故・荻村伊智朗氏(元国際卓球連盟会長、元世界チャンピオン)がおっしゃられたのですが、まさにその通りだなと思います。
サーブも上回転とか下回転、ナックルとか横回転とか斜めとか色々あるんですが、それによって相手が返してくるコースが大体決まってくる。ボールが返る先が決まっているから、先に動いておいて、打つ、という感じ。スピードと頭脳戦。選手たちは考えたり感覚だったりで、5手6手先を読んでやっているんです。」
トレーニングも食育も、子どものころからの継続が大切!
「今後、ストレングス&コンディショニングコーチの需要(じゅよう)が増えていきそうですね。」
「そうですね。就任当初は僕しかいなかったんですが、各学校や所属チームもそういう必要性を感じて、徐々に増えていっています。やっぱり、ケガをしないのが一番評価をしていただいているところだと思います。腰とか肩とか、そういったところが慢性的(まんせいてき)に故障が多かったんです。卓球は一側優位性(いっそくゆういせい:体の片側が他側よりも優先的に使われること)のスポーツなので偏りがちなのですが、筋トレをしたり可動域を出したり、トレーニングすることによってケガは予防されていきました。」
「選手の食生活や生活習慣などの指導もされるのですか?」
「今は12歳以下の代表、18歳以下の代表、ナショナルチームを見ていますが、卓球協会に非常勤の栄養士がいるので、講義を一緒に聞いて、子ども達に代弁して教えています。食堂で自分でお盆に取ってこさせたものを見て、『足りないもの何だと思う?』と考えさせる指導なども。ナショナルトレーニングセンター内にある食堂『サクラダイニング』の栄養士も協力的にみてくれているので、良い環境が作られています。
最初は好きなものしか取らなかった選手も、体づくりの大切さを知り、副菜などをお盆にいっぱいとるようになる。トレーニングも頑張って、体が大きくなり結果も出ると、今度はそれを見ていた下の子たちもしっかり食べるようになっていきました。やはりナショナルチームの大人になってからより、小さい時から教育、食育していく方がやりやすいです。」
「大人になると頭ではわかってても、やはりなかなか直せないことが多いと聞きます。たぶん本人たちもすごく歯がゆいと思いますので、“小さいときからの食育”はぜひ大事に続けて欲しいと思います。」
「トレーニングもそうですが、何事も小さいうちからやっていく事が大事だと思います。」
子どものころに全身を使って遊ぶことも、健全な体づくりに有効!
「家族が出来るサポートがあれば教えてください。」
「最近の子は体が固くなってきてるので、練習前後と入浴後は必ずストレッチをしてください。もちろん食事もバランス良く3食しっかり食べさせるのも大切です。あと、身の回りのことを出来ない子が結構多い。整理整頓がしっかり出来る子は、頭の中もきっちり整理されていてスマートに考えられるので、自分で出来ることは自分でやらせると良いと思います。」
「今スポーツを頑張っている子どもたちにもアドバイスをお願いします。」
「子ども達には、親や先生たちのいうことをしっかり聞いてほしいですね(笑)。そして自分で出来ることはしっかりやりましょう。それと、子供のころに専門スポーツだけじゃなく、色々な遊びをしておくと、体の広域性(こういきせい)も上がってくるので、テレビゲームばっかりせず、たとえばジャングルジムやアスレチックなどで遊ぶとか、友達とサッカーをやるとか。色々なスポーツや遊びをしてもらいたいです。」
大切なのは、理解して自発的に取り組むこと!
「スポーツの世界は、伝統もありますが、科学的にやっていくことによって、もっとレベルアップしていくと思います。科学的な立場で活躍なさるトレーナーさんは、とても大事な立場で、重要な役割を担っていらっしゃると思ってます。何より栄養士の立場から言わせていただくと、普段(ふだん)選手のそばにいることの多いトレーナーさんの立場を存分に生かし、私たち栄養士と同じ目線で選手に栄養面でもアドバイスを伝えてくださっていることが、すごくありがたいです。」
「田中さんがある記事で、『これが自分にとって大事かどうか、分かってやるのと、知らずにやるのとでは大きな違いがある』と言われていて、とても共感しました。意識がある、ないで差が出るのでは、と思います。」
「やらされてやっている選手は、合宿中はやりますが、所属チームに帰った時まで継続しないんです。だから次の合宿でまた1からトレーニング、毎回がオリエンテーションになってしまう。ナショナルトレーニングセンターの食堂ではしっかり摂(と)っていても、他でラーメンばっかり食べて太ってもどってきたり… … 。逆に自分にそれが大切だと思ってやっている選手は、普段からちゃんとトレーニングも食事も継続していきますし、自ら時間を作って『トレーニングしたいので見てもらえますか?』と言ってくる選手もいる。みんながそういう風になってくれると、全体的にもっと良くなっていくと思います。」
「栄養士やトレーナーに色々アドバイスをもらいに来る選手は、やっぱり伸びますよね?」
「はい、質問してくる子はそれだけ興味があるという事なので、そういう子が増えればいいですね。」
「最後に、田中さんの今後の夢や目標を教えてください。」
「卓球男子は、まだオリンピックでメダルを取ったことがないので、リオデジャネイロオリンピックでメダルを取るための、ちょっとした力になれれば。どの程度役に立つか分からないですが、そのためにやっていきたいと思ってます。
長期的な夢は、できる限り現場で活動した後に、後進を育てることをしたいです。また今は、選手が指導者になった時にトレーニングや栄養、メンタルの重要性をちゃんと理解できているようにサポートをしていきたいです。」
「頑張ってください、応援しています!本日はありがとうございました。」
取材日:2016年3月30日
選手&チームのご紹介
田中礼人(たなかあやと)
埼玉県生まれ。小学1年から野球を始め、埼玉栄高2年春にセンバツで甲子園出場。高校在学中にスポーツトレーナーの道をめざす。専門学校を経て、仙台大学に進学、トレーニングの知識や技術を学ぶ。大学卒業後、森永製菓株式会社(ウイダートレーニングラボ)に入社。2010年4月より卓球男子日本代表の専属フィジカルコーチ(ストレングス&コンディショニングコーチ) を務める。12年3月森永製菓退職、独立。現在、日本卓球協会と個人契約を結んでいる。ストレングス&コンディショニングスペシャリスト (CSCS)、パーソナルトレーナー(NSCA-CPT)、NSCAジャパン認定検定員、南関東アシスタント地域ディレクターの資格をもつ。