スポーツ食育インタビュー

Vol.28 後編 フィジカルトレーナー中村 豊さん

今回は米国をベースにフィジカルトレーナーとして、プロテニスプレーヤーの錦織圭選手の青年期(13~20歳頃)や、マリア・シャラポワ選手(現在)など世界のトップアスリートの専任トレーナーを務められる中村豊さんに、トレーナーの立場から考える食事について貴重なお話を伺いました。

野菜がきらい! でもテニスにハマって意識が変わった
インタビューを受ける中村 豊さん

編集部:「まずは中村さんの子どもの頃の食生活について教えてください。」

中村さん:「好ききらいが多かった。ごはんは大好きですが、野菜を食べた記憶が全然ないんです。」

編集部:「野菜全部ですか? きらいな理由はなんだったのですか?」

中村さん:「そうですね……。苦いとか、なんだかおいしくなかったから。ハンバーグやスパゲティ、あとはフルーツとか、そういうものは食べていたと思います。悪い例で怒られますね(笑)。」

編集部:「野菜ぎらいの克服(こくふく)法を教えて頂ければ大丈夫です!」

中村さん:「小学生のとき、野球クラブに入ってピッチャーをやっていました。結構強いチームだったので、水を飲むなとかあれこれ厳しく管理されていました。まだ子どもで食事に関してあまり意識がなく、やらされている感覚でした。
その後中学では姉の影響でテニスを始めました。顧問(こもん)の先生はテニスに詳しくなかったのですが、良い意味で自由にさせてくれて、自主性を重んじてくれました。」

ひさこ先生:「中学の部活がきっかけで、食の意識が変わられたのですか?」

中村さん:「はい。近くにあった硬式(こうしき)テニスクラブに入って、テニスの面白さを学ぶうちにもっと強くなりたいという気持ちが強くなり、テニスマガジンや本を読み始めました。体を動かすことも大切だけれど、食事をとると良いというコラムもあったんです。母いわく、テニスをやり始めてそういう知識も学び、食生活が変わったという事でした。」

ひさこ先生:「まだ中学生なのに、すごく意識が高かったのですね。」

中村さん:「それだけハマったという事でしょうか。目的意識が『体に良いものを食べよう』ではなくて、『強くなりたい!』だったと母に言われました。
まず好き嫌いが少なくなった。今までご飯や、好きなサンドイッチとかしか食べなかったのが、野菜を食べるようになったりしました。」

編集部:「野菜がおいしく感じてではなく、ガマンしながら食べられたのですか? 」

中村さん:「おいしいから食べるというよりも、目的意識です。ガマンしながらでもなく、興味だったんでしょうね。強くなるには何を食べなくちゃいけないか、実際食べてみたらマズくはないというか。」

ひさこ先生:「何を食べたら強くなるか、ですよね。自問自答しながら目的達成のための手段として。」

中村さん:「そうですね。だから子どもたちやご両親がこの記事を読んで、それがきっかけで僕のように体に良いものに興味を持ってほしい、という願いがあるんです。」

目的意識があれば、変えられる!
インタビューを受ける中村 豊さん

ひさこ先生:「食事を変えることによってバテにくくなったとか、何かすぐに実感されることはありましたか?」

中村さん:「すぐにはないと思います。まず『これをやっている』という自己満足で、自分を好きになります!今まで食卓に出て、みんな食べているのに食べられなかったことがトラウマでした。母も食べてほしかったと思いますが、食べない自分もイヤだった。でも、自分でそれが改善できて自発的に食べている! という喜びがありました。」

ひさこ先生:「誰かに言われてするのではなく、自分で考えて行動する。何についてもそういう気持ちは大事ですね。」

中村さん:「この経験は、今に関係しているかもしれないですね。スポーツでも何でも、目的意識があれば、そこで食事の革命など、自分なりにあるのだと思います。」

ひさこ先生:「大変うれしい意見です! 大学等でトレーナー養成のために学生向けにスポーツ栄養の授業をする際、『栄養士が選手の側にいる機会は少ないから、選手の近くにいるトレーナーが食事に対しても意識を高く持ってほしい。選手は意識が高くなってくると、強くなるための様々な努力をします。食事に関しても、ちまたに流れている情報を得てきますので、トレーナーとしてもそれが正しいかどうかのジャッジを出来るようになっててね!』と話しています。栄養士志望でないので細かい栄養知識まで不要ですが、情報として知っておくように、と。」

食事はエネルギー。食生活の乱れは、ゆがんだ社会を生んでしまう可能性が…

編集部:「以前米IMGアカデミー※でジュニア世代の指導をされておられましたが、ご自身の子どもの頃より、生活習慣や食事の環境が変わってきたと思うことはありますか?」

中村さん:「自分は大学からアメリカで生活していて、毎年2回程帰国していますが、最近日本が欧米化(おうべいか)し、食文化が少しゆらいできたように思います。また、食物アレルギー・アトピー・花粉症など、いろいろ体に症状(しょうじょう)を抱えている子どもも多いですね。
昔は子どもの頃少しアトピーでも、大人になったら治ると言われる程度でしたが、現在では大人になっても続くことが多いようです。やはり日本の食文化が少し崩壊(ほうかい)しているせいか、それが子ども達にも影響している。食事はエネルギーですから、エネルギーの低下は、性格が暗くなったり、内向き、いじめなどにも影響する気がしています。
食事の乱れは、体の中で何かネガティブな化学変化を起こし、ゆがんだ社会を生んでいるかもしれないと思うんです。」

編集部:「成長期に正しい食生活をしていないと、大人になってアスリートとして活躍(かつやく)する際、いろいろ弊害(へいがい)があると感じられますか? 食習慣を急に変えることは難しいですよね。」

中村さん:「そうですね。食に意識が高い子の周りには、そういうご両親がいて指導者がいるので上手に発達していきます。周りに誰がいるかというのは大切です。また僕は母からも色々影響は受けましたが、最後に自発的に動けたのは、テニスという目的があったからです。正しい情報は変化する事もありますが、今現在これだと思っている正しい知識も必要ですね。」

ひさこ先生:「ご自身の意識や目覚めで意識が変わったという事ですが、やはりお母様が教えられてきた土壌(どじょう)があったからではないでしょうか? お母様の様々なサジェスチョン(ほのめかし)は、すぐフィードバックされなかったかもしれませんが、本人が自覚する時にきっと役に立っているのではと思います。」

中村さん:「はい、それは絶対にそうです。」

ひさこ先生:「ですよね。保護者向け講座では、物理的にも精神的にも親の手元に置いておけるのは中学生くらいまでです。その時期を一生の宝物になる“食習慣”を身に付けさせる最後のチャンスと思って、嫌いだと分かっているものもあきらめずに食卓にのせるとか、朝食を食べなければ動けないと思わせるなどの親だからこそできるそんなことをなさってくださいね、とよく話しています。」

中村さん:「それはトレーニングも同じで、この子にはできないからと本当に必要なものをカットするのではなく、必要なものはその動きができるような工夫をして、できるようにしていくのがトレーナーの仕事だと思っています。
教える側はその引き出しをできるだけ多く持っている方が良いし、そのためには経験をたくわえないといけません。生徒ができる、できないという判断ではなく、できないならどういう風に刺激(しげき)をもたせる努力をするかを考えます。」

編集部:「偏食(へんしょく)の子には、どんな指導をされますか?」

中村さん:「僕の立場は体を資本としてきたえることですから、それをやらないと体が作れません。体を動かすという事は、良いストレスがかかって、体を回復にもっていくこと。身体のリカバリーのために、ちゃんとした睡眠や時間、栄養が必要で、それがないと回復できません。
アスリート育成に関して最も大切なことは、選手が健康でないと僕の仕事ができないということ。選手を強化したいと思っても、根本的に選手が心身ともに健康でないとできません。休養、トレーニングと栄養とリカバリーのバランスが大切です。」

つづき
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