スポーツ食育インタビュー

Vol.28 後編 京都サンガF.C. 中村 豊さん

アメリカでは食事は自己責任。だからこそ高い意識が求められる
中村さん

編集部:「中村さんがフィジカルコンディショニング・ディレクターを務めておられたIMGアカデミーの食事管理について教えてください。」

中村さん:「アメリカですから、本当にもうそれぞれの管理です。自分で確立するものなので。」

編集部:「一定のものは提供されるけれど、個人の管理まではない、自己責任ということですか?」

中村さん:「はい、そうです。各自それぞれ自分で。そこがアメリカの良いところだと思うんです。自分で考えない選手はダメだっていう発想です。
メジャーのキャンプでも、日本のプロ野球とメジャーの一番の違いは、アメリカは競争社会なので毎年春になったら違う選手が目まぐるしく入れ替わります。食事とかトレーニングとかそういう思考、あんまりハングリーな気持ちがない選手は、指導者もそこまで求めず、若手が上がってくればいいという姿勢。ちょっと冷たい世界かもしれませんが、でもやる気がある、能力がある選手にはチャンスが多い良い環境だと思います。
日本の選手は管理されてる上、その循環が悪く、ちょっとぬるま湯にいるような環境ですね。」

編集部:「アメリカでは自分で意識して積極的にやっていく人だけが、生き残れる厳しい世界なんですね。
トップアスリートは個性が強い方が多いように思いますが、そういう選手に接する際、トレーナーのコツなどありますか?」

中村さん:「僕たちの仕事は選手に合わせる側なので、選手の個性を見きわめて、どういう部分にどういう言葉を発せば聞いてくれるのか、刺激の仕方を考えます。それは体も同じで、どういう動かし方をしたら体がどう動くのかを考えます。」

編集部:「わがままなところにも色々合わせながら、寄りそっていく感じですか?」

中村さん:「そうですね。トップに行けば行くほど、そういうセルフィッシュ(自己中心的)な選手も多いので。かえってそれがないと、普通の選手で終わるのかなっていうのはあります。難しい選手ほどクセがあるので、それが武器になっていれば伸びるのかなと。扱いやすい選手は、あまり伸びないです。」

編集部:「トップアスリートは自分にストイックなイメージがあるんですが、人にも厳しいですか?」

中村さん:「そういう人もいるし、あと結構ちゃらんぽらんな選手もいろいろいます。だから面白いんですね。」

ひさこ先生:「選手寿命は、指導によって影響しますか?」

中村さん:「してます。今はテニス界でも平均年齢が毎年上がっていて、ここ30年のデータで今年の男子の平均年齢が最も高く29歳です。2~30年前だと24歳とかで、4歳、5歳違います。それほどスポーツに科学が、選手にそういう情報があるから伸びるんですね。選手、指導者に浸透(しんとう)してきている証拠です。」

編集部:「選手生命が身体や食事のケアによって伸びるのだとしたら、今後も更新するでしょうね。」

中村さん:「そうですね。今のベテラン選手の意識は高いですね。日本女子だと伊達公子さんもそうですね。」

編集部:「普通の人と身体の構造が違うのかと思うほどの強靭(きょうじん)さですね。」

中村さん:「体の造りじゃないですよ。彼女の場合は、かなり徹底してやっていますから。」

ひさこ先生:「一度引退して復帰するまで、生活環境も身体も変化し、復帰前とは比べ物にならないぐらいの努力があったのでしょうね。」

中村さん:「復帰前と年齢も違う、体力的にも違う、食生活も変わったというのもあるし、興味の持ち方も変化したのではないでしょうか。」

禁止するのではなく、「加える」提案を。こだわりすぎないのが強さの秘訣
中村さん

編集部:「試合の前から逆算して、食事制限など指導されますか?」

中村さん:「食事制限ではなく、常に加える指導をします。制限というと、これを食べるな、あれを食べるな、になるので、そうではなく『これを食べた方がいい』というアド(add: 加える)の言い方で勧めます。
ここ最近は食物アレルギーの選手が多いので、小麦をあんまり食べない方がいいと思う、それを食べるならこれを食べた方がいいと言う風に、常にチョイスを加えていく。僕たちができるのは強制ではなく、チョイスを与えることで、最終的に選ぶのは選手。そういうスタンスで選手にも自覚を持ってほしい。こちらが常に手を取って、これを食べろ、あれを食べろ、こういう運動しろ、こういうリカバリーしろっていうと、僕がいなかったらどうするんだって事になりますので。」

ひさこ先生:「食の自立になりますね。最終的には自分で選ばないと。たとえばオリンピックの選手村にはファストフード店もあるし、甘い炭酸飲料などいくらでも飲める環境があります。とろうと思えば自由にとれる中で、あえてそういう物は選ばず、限られた生活の中で自分でちゃんと意識を持って、食べたいものじゃないかもしれないけれど、身体の事を考えてとろうとする、そういう意識付けが普段からできていると、自立しても安心できますね。」

中村さん:「そうですね。それには山があって、上がってる最中は、コレを食べたいアレを食べたいという誘惑(ゆうわく)がある。でもその影響を理解し始めたら、もう興味がなくなる。ファストフードやアイスクリームを食べていたのに、意識が高くなってくると、週3、4回食べていたものが、毒を食べているような世界に感じてくるんですね。それで徹底し始める。そこまでいくと本当にレジェンドと呼ばれてる選手なんですけど。食や体などに関して質が高くなってくるのは、その選手本人から生まれるものなんです。勉強してだんだん知識や情報を得て、納得するまでいかに理解させるかです。最初の段階は常に耐(た)えたりいろいろ考えないといけないので、子どもには難しい事かもしれませんね。」

編集部:「試合当日の朝、選手はどういうものを食べるんですか?」

中村さん:「ふだんとあまり変わらない食事です。意識が高い選手は、試合だからってそれほど変えることはないです。ふだんの生活も、その試合に近い緊張感(きんちょうかん)をもって生活しているので。」

編集部:「試合が長引いた時に何か補食されていますが、それもいつも食べる物ですか?」

中村さん:「そうです、自分でルーティンを作るという事です。試合当日だから特別なことをしようという事はなく、常にそういう事を想定して1日を生活しているので、試合の中でビックリすることがない事が大事なんです。だから良いことも悪いことも、ある程度想定してやっていますね。」

編集部:「もし精神的にアップダウンがあっても、そのルーティンをすることで平常にもどれる、ということですか。」

中村さん:「そうですね。血糖値(けっとうち)の事もそうだし、できるだけ上下させない。それは日頃やってないと分からないことですよね。それをやっていることで、自分の体の中のDNAが覚えるというか。食物、たとえばビタミンから吸収される率が人によって違うように、一般的な教科書にあるものがすべてその選手に当てはまるかどうかは、試してみないとわかりません。試合当日だから特別に食べるのではなく、日々試しながら良ければ普段とるようにしていくんです。」

編集部:「遠征(えんせい)先のいろいろな国に、食べ物を持って行ったり送ったりしますか?」

中村さん:「場所によりますが、大体どこに行っても同じようなものがあるので、現地で調達します。チョイスするものはふだんから頭に入ってありますから。自分のやり方、ウォームアップの入り方から食事からクールダウン、練習の入り方から、会場の入り方、出方、ほぼ肌(はだ)にしみ込んでいる。強い選手であればあるほど、ルーティン化されています。それが分からないうちはまだルーキーですね。
ただ、ルーティンも常に変化を求めてやらないと刺激されません。今の自分にあっているうちは良いけれど、ちょっとレベルが上がったり、体が強くなったり、弱くなったりすることで、変化を求めなくてはいけないし、指導者としても常に進化をしなくてはいけません。」

編集部:「海外で普段食べている物がないことはありますか?」

中村さん:「探せばあります。だからいろいろ幅をきかせるということで、一流選手は幅を持っています。“絶対これだ!”というのはないと思います。」

編集部:「こだわりすぎないことが強さなのですね。」

中村さん:「そこにはコア(核)があって、たとえばたんぱく質や脂質など必ず摂取しないといけない栄養について、食べられる食品の幅を持ってる選手が強いんです。プレーの内容でもそうです。ピッチャーにしても、自分の体調の良い時しか勝てなかったら、それは普通のピッチャーで、調子が悪い日でも勝つ技を持たないと。
食事もあまり食べられるものがない中でも、ちゃんと栄養をとってちゃんと勝てる選手が、常に勝ち続けられるレジェンドだと思います。」

編集部:「ヨーグルトなどの乳製品を意識してとられますか?」

中村さん:「乳製品は、まずたんぱく質、カルシウムがふくまれていますし、乳酸菌で胃腸をキレイにしてくれる。身体に必要なものだと思います。あとは夜寝る前とかのデザートにも使えますね。」

編集部:「バイキングなど、ヨーグルトは世界どこにでも手に入りやすいようですが。」

中村さん:「そうですね。上手に活用していますよ。カルシウムはもちろん筋肉を動かすために大切ですし。たんぱく質は日本の食材の中でちょっと足りないものですよね。体の中をきれいにしてくれる酵素(こうそ)を作るのはたんぱく質だし、疲れた体を修復してくれるのもたんぱく質。ヨーグルトにビタミンとかミネラルが入っていればより良いんですけれどね。」

「ハロー!」の一声で選手のコンディションがわかる
中村さん

編集部:「トレーナーの立場で、ケガや故障をさせないためのケアは、何に気を付けているのでしょうか?」

中村さん:「全部です。肌とか、挨拶(あいさつ)で『ハロー』と言うその声の勢いとか、全てですよ。」

編集部:「声の勢いだけで違いがすぐわかるんですか?」

中村さん:「分かりますよね。お母さんが子どもが起きてきて『おはよう』を言うか言わないか、声や表情とかで体調を察するのと一緒です。」

ひさこ先生:「学校で先生が朝教室で出欠を取るのは、そのためもあると思いますよ。」

中村さん:「そういう意味でも、やはり挨拶が大切。子どもも選手も、ふだんできている事が無意識的にできていないと、眠れなかったのか? 何か悩み事か? スランプに入りそうなのか? 食べたものがお腹に残っているのか? とか異変を感じるわけです。声が出ている、出ていない、目線を合わせるか否か、今日はなんかすごくいいみたいだとか、ふだんのその変化を読み取れるのが上手な指導者でもあります。」

編集部:「家族のような存在なんですね。」

中村さん:「パートナーみたいな感じですね。逆に選手も私達を見ていますから。」

編集部:「そうですよね。だからトレーナーさんも健康でないと。」

中村さん:「そうです。だから一緒にトレーニングもやっています。上からの目線では絶対にないんです。一緒に生活もしているし、一緒に勝つというチームですから。僕がこの仕事で一番うれしいのは、選手と共有できるということです。食事に関しても、リカバリーや体を動かすことも同じ。
ここ最近ですが、食事で体が反応する事など自分でもわかってきたので、それを選手にも共有し、選手にも理解して欲しいと思うんです。周りのコーチもそうだし、チームから生まれるエネルギーは全然違います。トップの選手であればあるほどその活力が高く、レベルが下がれば下がるほどチーム内で全然違うことをやっていて、摩擦(まさつ)も多くなります。」

ひさこ先生:「質の低下が見られるんですね。」

中村さん:「はい。意識の方向性が全く違ってきてしまいます。」

子どもの夢を実現するためには、親とのコミュニケーションが不可欠
インタビューを受ける中村さん

編集部:「スポーツをする子どもをもつ家族のサポートについて、アドバイスをお願いします。」

中村さん:「結局お子さんとは食生活、家庭の食卓が接点になってくると思うんです。食事を作られる方は、そこから子どもとの接点が生まれるので、栄養……食育ですね。食を通して育成する。
僕の提唱する運動、栄養、リカバリーの組み合わせは、人をより豊かにします。テニスなどのスポーツを通じて心身共に健康であるため、子ども達の育成にたずさわる指導者や親御さんの協力なくして、世界はありません。夢を追い続けるには親御さんとのコミニケーションが大切です。
食事に関しては、特にアメリカが多いんですが、食物アレルギーが結構増えていて、危機感があります。卵や小麦などのアレルゲンに異常に反応する、ひどい場合は死にいたります。そういう状況におちいらないように常に勉強していかないといけません。食事から活力が生まれないと、運動してる事も効果がうすまります。日本のコンビニやファミレスなどのメニューは脂や加工食品が多いですよね。アトピー、花粉などのアレルギー症状もかなり増えてきています。」

ひさこ先生:「子どもの健康を守るため、子どもが食べる機会が多いトランス脂肪酸(しぼうさん)に対してのアメリカの素早い対応は素晴らしいですね。」

中村さん:「対応は早いですね。タバコについても全般(ぜんぱん)的に対応が早い。アメリカの機内全面禁煙や、レストラン、バーでの禁煙。カリフォルニアではまず酒場などでの禁煙から始めました。アメリカのレストランや今やどこでもタバコは吸えません。」

編集部:「良い環境ですね。」

中村さん:「良いですね。州によって結構違うんですが。意識が高い、レベルの高い州は、そういうのをどんどん独立して決めて施行します。健康に気をつかう人はうちの州へおいで、いやならどこか他の州に行けば? みたいな(笑)。」

編集部:「強いアスリートを目指す子ども達に、アドバイスをお願いします。」

中村さん:「トップの選手がやっている事を勉強してほしいですね。技術的なこともそうだし、強いには強いなりの理由があるんです。トップ選手の取りまきがなぜあんなに多いのか。それは、その選手が求めている知識が多いということ、それで人数が多くなってくるんです。トレーナーがいて、栄養士がいて、フィッティングがいて。強い選手であればあるほど、そういう周りのエネルギーが、自分のエネルギーになっているんです。そういうことも是非興味を持ってほしいですね。興味を持つだけでも、自分の中の栄養になると思います。
僕がプロアスリートに求めることは、強いだけじゃなく、誠実さ。それがあれば本物です。プロ選手でも、若い時は自分が王様みたいな感じで生活してしまうんですが、20代後半くらいになると段々わかってくる。そこが成熟してくれば、スポーツあっての自分、ファンあっての自分と理解してきます。ファンは親世代も子ども世代もいる。次の世代がいることで、自分の後継者になるというピラミッドも分かってくるんです。」

取材日:2015年11月2日

世界のトップアスリートたちを育ててきた中村さんだからこそわかる、本物の「プロ意識」。そこに少しでも近づけるように、私たちも日ごろから食事に対する高い意識を持ちたいと思いました。
これからも世界で活躍するアスリートをサポートしていく中村さんの、さらなる活躍に注目です!

選手&チームのご紹介
中村 豊(なかむら ゆたか)

東京都町田市出身。私立桐光学園高等学校卒業、米国チャップマン大学卒業(スポーツサイエンス専攻)。
米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。ナイキUSAアドバイザリースタッフ。アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。
2004年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンドへトレーナーとして参加、錦織圭を担当。
2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当。
2010年、オーストラリアのテニス協会(テニスオーストラリア)トレーナーに就任。バーナード・トミックのツアーに帯同。オーストラリアデビスカップチームのコンサルタントを勤める。
2011年~現在、マリア・シャラポワの専任フィジカルトレーナーに就任。
2014年~現在、ゴルフ米国女子LPGAのジェシカコルダのNakamuraPerformanceをスタート。

■公式サイト
http://www.yutakanakamura.com/

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