スポーツ食育インタビュー

Vol.27 前編 京都サンガF.C. 明神 智和選手

「野球より早く始められる」からサッカーチームに入団
試合での明神選手

編集部:「サッカーをはじめたキッカケを教えてください。」

明神選手:「小学校2年生の時に、兄がサッカーをやっていて、一緒に遊ぶうちに面白いなと思って始めたのがキッカケです。」

編集部:「実は野球好き、という情報もありますが(笑)。」

明神選手:「そのときは野球の方が好きだったんですが、地域の野球チームは3年生からしか入れなかった。サッカーは2年生から入れました。周りの友達がみんな2年生からサッカー部に入り、みんながやるならとりあえずサッカーやってみようかなと。野球より1年早かったから始めて、結果サッカーにハマってしまいました。もしそれが逆だったら、野球をしていたと思います。」

ひさこ先生:「人生が変わってたかもしれないですね。」

編集部:「サッカーの何にハマったのでしょうか?」

明神選手:「何でしょう?何がって言われると分からないくらいもう熱中してました。仲が良い友達も兄もみんなサッカーやってて、練習がない時もサッカーやってて、自然とサッカーばっかりでした。」

編集部:「ポジションはどこだったんですか?」

明神選手:「FWとか、攻めの方をやってました。」

編集部:「やっぱりもともと運動神経が良かったのですか?走るのが速かったとか。」

明神選手:「そうですね、どちらかというと速い方でした。」

インタビューを受ける明神選手

編集部:「成長期のピークは覚えていらっしゃいますか?」

明神選手:「体格的に大きく変わったのは、やっぱり中学生ぐらいの時だと思います。」

編集部:「千葉に引っ越してからも、すぐサッカーチームを探したのですか?」

明神選手:「はい、探しました。とにかく、引っ越してもサッカーをやりたい、強いチームでやりたいと思ったので、神戸にいる時から調べて、千葉に引越してからその練習をわざわざ見に行ったりして入りました。」

編集部:「サッカーをやめたいと思ったことはありますか?」

明神選手:「ないですね。今日行きたくないなとか、そういうのはモチロンありますけど、やめたいまで思ったことはないです。
中学生の時は、陸上部に入っていたので、朝練に出たり本当に忙しかったのは覚えていますが。」

編集部:「サッカー部はなかったんですか?」

明神選手:「あったんですが、他のクラブチームでサッカーをしていて登録の重複(ちょうふく)が出来なかったので。でも部活は入らないといけなかったので、サッカーに活かせるものを考え、陸上部で長距離をやっていました。朝練して、授業終わったらすぐ帰ってきてサッカーの練習と、いそがしかったですね。」

編集部:「朝練の時も、朝食は食べていましたか?」

明神選手:「寝ながら(笑)。でもしっかり食べてました。」

編集部:「お母さんが作ってくれたお弁当で、覚えているものはありますか?」

明神選手:「ごはんと卵焼きとソーセージと、あとよく入ってて好きだったのは、キュウリにハムが巻いてあるもの。それがすごい好きで、よく覚えてますね。」

ひさこ先生:「きっと、卵焼きとかウインナーだけでなく、野菜も一緒に食べてほしいというお母さんのお気持ちかもしれないですね。」

編集部:「好きなおかずは何でしたか?」

明神選手:「フライは好きでしたね。魚もお肉料理も好きでした。」

編集部:「食事を意識しながら食べるようになるのは、もう少し大人になってからですか?」

明神選手:「そうですね。意識しだしたのは大人になってからですね。」

高校生でJリーグデビュー! ユースチームで夜まで練習
試合での明神選手

編集部:「高校進学とともに、もうJリーグデビュー。相当いそがしい学生時代でしたね。」

明神選手:「中学から高校卒業まではユースでやっていました。練習についていくので精一杯という感じ。でも受験をするなんて頭になかったので、授業だけはしっかり聞いて、後はもうサッカーざんまい(笑)。」

編集部:「ご両親のサポートを感じていましたか?」

明神選手:「そうですね。当時はそんなにわからなかったですけど、今思えばやっぱり……。遅く帰ってもごはんを作ってくれたり、試合のときにお弁当作ってくれたりとか、そういうサポートがありました。」

ひさこ先生:「ジュニアユースもあるところにユースから入るって、すごく険(けわ)しい道ではありませんでしたか?」

明神選手:「その当時は、まだ今みたいなブームになる前だったので・・・・。」

ひさこ先生:「チームの練習場は、自宅から近かったんですか?」

明神選手:「自転車で2~30分くらいの所でした。当時は高校サッカーが強かった時代でしたが、サッカーの有名校に通うとなると1時間半くらいかかったので、朝練なども考えたら多分続かないな、と思ったので、ユースに入りました。」

編集部:「早寝、早起きはしていましたか?」

明神選手:「そんなに遅く寝る事は多分なかったと思います。自然と、つかれて寝てしまっていました。」

ひさこ先生:「ユースだと、練習は終わるのが遅いですよね?」

明神選手:「チームで夕食が出る時もあるんですけど、出ない時は帰宅して夜の9時半から10時ぐらいに夕食でしたね。」

取材日:2015年8月3日

いそがしい毎日でも、ごはんはしっかりと食べていた学生時代の明神選手。後編では、プロになってからの食生活をおうかがいします。
どうぞお楽しみに!

後編に続く 乞うご期待!! 次回更新日10月15日(予定)

選手&チームのご紹介
明神智和(みょうじんともかず)選手

1978年生まれ、兵庫県神戸市出身。小学2年生より神戸市の木津SCでサッカーをはじめ、小学5年生に千葉県へと引越してイーグルスユナイテッドFCに編入。その後柏レイソルのユースを経て1996年に柏レイソル入団。2000年にJリーグベストイレブンを受賞。シドニーオリンピック代表選出に選出され、 2002年の日韓ワールドカップにも出場。2006年にガンバ大阪に移籍し、2010年から2013年までキャプテンを務める。2014年にはプロ入り19年目にして初のリーグ優勝を経験した。

ガンバ大阪

1980年創部の松下電器産業サッカー部を前身とし、1993年のJリーグ開幕当初から加盟している「オリジナル10」の一つ。ホームタウンは、大阪府吹田市、茨木市、高槻市、豊中市、池田市、摂津市、箕面市。
ガンバとは、イタリア語で「脚」を意味する言葉で、日本語の「頑張る」にも通じ、「チーム一丸となって勝利を目指して頑張るチーム」「どんな状況でもガンバって勝利を勝ちとるチーム」「大阪をホームタウンとし、大阪を中心とした関西ファンの声援を受けてガンバるチーム」「日本一、世界一のクラブ組織に向けてガンバるサッカークラブ」という気持ちが込められている。

■公式サイト
http://www.gamba-osaka.net/

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